早長八幡宮

早長八幡宮

早長八幡宮は、江戸時代から商家や問屋が並んでいた宮町(現・室積3丁目)にある。

室町中期の文安元年(1444)8月18日に豊前国(大分県)宇佐神宮から勧請(かんじょう)

その時、神霊を載せた船が西ノ浦(現・後松原、松原御旅所)の「早長(はやおさ)の瀬」に着いたところから名付けられた。

文安元年(1444)宮ノ崎の地(現・宮ノ脇御旅所)に勧請後、寛文元年(1661)宮町の現在地に遷座。


御祭神

応神天皇(おうじんてんのう)
比売神(ひめがみ)/宗像三女神(むなかたさんじょしん)
 ・田心姫命(たごりひめのみこと)
 ・湍津姫命(たぎつひめのみこと)
 ・市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)
神功皇后(じんぐうこうごう)

※八幡神(はちまんのかみ)は宇佐神宮(大分)から石清水八幡宮(京都)、鶴岡八幡宮(鎌倉)へ勧請され、この三社を中心に無数の分霊が各地に勧請されました。祭神は同じであり、その霊威にも差異はありません。

御神事

一月一日 歳旦祭
二月三日 節分祭
三月最終日曜日
/四月第一日曜日
勧学祭
四月第三日曜日 祈年祭
七月第一日曜日
(元は旧暦六月十四日)
西ノ浜祇園神社例祭
松原塩釜さま
七月第二日曜日 杵崎神社例祭
七月第四日曜日 御田頭祭(夏祭)
九月第一日曜日 杵崎神社風鎮祭
十月第二月曜日(体育の日)の前日 御神幸祭(秋祭)
十一月三日(文化の日) 江之浦天満宮例祭
十一月十五日 七五三祭
冬至に近い日曜日 江原神社(境内社)冬至祭
※日付はその年の暦により前後します

早長八幡宮には次のような伝説が残っています。

ある時、神人(じにん)の内蔵(うくら)という者が、早長の瀬に夜々あやしく光る物体を発見して、不思議に思い西ノ浦の漁師に網を入れさせてみたところ、一体の神像がかかった。

内蔵はもったいなく思いそれを浜辺にまつった。

ところがある夜のこと、又も不思議な夢をみた。

早長の瀬の二つの岩の間から、まっ赤な太陽がのぼりはじめどこからともなく一羽の大鳥が舞いおりてきて、岩の上に羽を休めたかと思うと、一声大空に向って鳴いた。

その鳴声が内蔵の耳にはこうきこえた。

早長や跡垂そめし雌雄の岩の
うこかぬ千代の栄をも見ん

(大意:ここ早長に神がおいでになった。いつまでもこの神を大切に祀り早長の瀬の二つの雌雄の岩が動かぬ如く千代に栄えのあるように)

やがて夢からさめた内蔵は、これはきっと宇佐の神のおつげに違いないと、早速村人たちにはかり、心をあわせてお社を建て土地の鎮守として祭った―「早長八幡宮社報平成2年元旦号」より

明治初期まで代々宮司を務めた潮見家はこの神人の子孫だと言われています。

早長八幡宮の鳥居をくぐって右側にこの雌雄の岩が祀ってあります。

雌雄岩

 

※室積半島を挟んで東側の海は地原(じばら)、西側は早長(はやおさ)と呼ばれています。

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